大盤を設置しました

今日は、大盤を設置しました。1989年2月NHK杯トーナメント2回戦 羽生善治五段対加藤一二三九段との対局を再現すると今でも心臓の鼓動が高なります。ここから驚異の羽生伝説が始まったと思っている方も…先手羽生五段の次の一手は…将棋ファンで知らない人はいないでしょう。

好機到来

1月11日〜13日は特別な日となりました。11日は日本将棋連盟埼玉県連会長との会見後、母校の小学校の学童から連絡が入り、「是非将棋の指導をして欲しい」という連絡…12日は、飲食店でパンフレットをご覧になった男性2名から29日参加希望、13日は、女流棋士の矢内先生に「将棋の里」を紹介後ツーショット撮影!その後、熊谷教室の生徒さん2名が、ネットから28日予約。この流れは一体何でしょう?世の中の縁のでき方の不思議を感じた次第です。確かにプロモーション活動の結果と言えばそれまでですが、ご縁がご縁を繋ぎ、好機到来を予感させました。

2024年1月28日オープンの日 女流棋士安食総子先生ご夫妻来訪

2024年1月28日オープンの日、女流棋士の安食総子先生ご夫妻が、「将棋の里at妻沼東」に来訪されます。安食総子先生は、青野照市 九段門下で、ご存じの通り、棋戦中継の聞き手としてテレビ等で大活躍されています。ご主人は、アマ強豪として有名な細川大市郎先生で、平成最強戦優勝2回 ほか、アマ準竜王、学生王将、全国オール学生選手権、高校選手権など全国優勝多数を誇る方です。当日は、将棋解説や指導対局、懇親会も開催する予定です。何卒、宜しくお願いします。

将棋とは

将棋の起源:歴史の奥深くを探る

将棋、その起源は日本の歴史の奥深くに根差しています。
この戦略的ボードゲームは、実はインドのチャトランガというゲームに起源を持ち、そこから中国を経て7世紀頃に日本に伝わりました。
その後、日本独自の文化と結びつきながら、現在知られる形に進化を遂げてきました。

初期の将棋は、現代のものとは異なるルールを持っていました。
たとえば、駒の動きや盤の大きさが現在とは大きく異なり、さらには使用する駒の種類も異なっていました。
しかし、時が経つにつれて、将棋は緻密さと戦略性を増していき、日本の武士文化と深く結びつくようになりました。

特に、江戸時代に入ると、将棋は一般民衆にも広く普及し、多くの人々に愛される文化的な趣味となりました。
この時代に、現在の将棋に似たルールや戦略が確立され、将棋盤や駒のデザインも洗練されました。
また、この時期には多くの将棋指南所が設立され、将棋の技術や戦略が体系的に教えられるようになりました。

現代においても、将棋は日本の伝統的な文化として、また知的スポーツとして、幅広い年齢層に楽しまれています。

テクノロジーの進展により、オンラインでの対局も可能となり、将棋の魅力は世界中に広がりつつあります。しかし、その根底に流れるのは、数百年の歴史を経て磨き上げられた知的な戦略と、人間の心理を読み解く深い洞察力です。

将棋は、単なるゲームではなく、日本の歴史と文化、人の心を映し出す鏡として、今もなお多くの人々を魅了してやみません。

基本ルール:将棋の駒と動かし方

将棋は、二人で交互に駒を動かしながら敵玉(王)を詰ますゲームです。
各プレイヤーには、それぞれ異なる動きをする20の駒が与えられます。

基本的な駒には王(おう)、飛車(ひしゃ)、角行(かくぎょう)、金将(きんしょう)、銀将(ぎんしょう)、桂馬(けいま)、香車(きょうしゃ)、歩兵(ふひょう)があります。

駒を動かす基本的なルールは次の通りです:

王と金将は一度に一つのマスを前後左右斜め前に動かせます。

飛車は縦横無限に、角行は斜めに無限に動かせますが、他の駒にはぶつかることができません。

銀将は一つのマスを斜め前または真後ろに動かせます。

桂馬は前方に二つ進んで一つ横に進む「L字」の動きをします。

香車は前方に直線的に無限に進めますが、後ろには動けません。

歩兵は前方にのみ一つのマスを進めます。

また、将棋には「成る」というルールがあり、敵陣に入ると駒はより強力な動きができる「成駒」に変わります。

例えば、歩兵は成ると金将と同じ動きができるようになります。さらに、敵の駒を取った際には、その駒を自分のものとして使うことができる「持ち駒」というルールもあります。

このようにして、駒の動かし方を学ぶことは将棋の基本ですが、それぞれの駒の特性を理解し、戦略的に駒を配することがゲームを制する鍵となります。

将棋は無限の可能性を秘めた深いゲームであり、初心者から熟練者まで常に新しい発見があります。

 

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